夜明け前

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新居契約した。あのやたらに広いバルコニーがある部屋じゃないけど、綺麗で大きいお風呂とちょっとした庭がついてる。3軒くらいみせてもらって、彼氏のほうがしっかりしてるから間取りとか全部考えてくれて、私はただお風呂が大きいって理由だけでここに決めた。同居人って続柄になるって不思議な気分だ。今日のこと、この先何年も忘れないでいたい。あとは大きい冷蔵庫がほしい。大きさで幸せを計ろうとしてる。あのひかりの中で眠りたい。もう充分だし、何が大切なのかようやくわかった。


髪が伸びない。春になったら桜を見に行くのがたのしみ。

1/3

朝早く起きてスノーボードに行くつもりで7時に一度起きたけど雪がしんしん降っていてやみそうにもなかったので今日はやめにして、9時くらいまで眠った。冬は人といるありがたさがヒシヒシと分かる。あの、身体が溶け合って1つの生物になろうとする感覚。


越す家をそろそろ決めなければならないので折角休みだしということで不動産屋に行ったけれどよく考えたら世の中三が日なわけで、当たり前のようにおやすみ。コストコ行ってスーパー行って帰った。よくみる鶏丸々一羽焼いてるチキンとこの前飲んで美味しかったワインを沢山買った。ランブルスコ。安くて美味しい。クリスマスとかじゃない普通の日にこういうことができてよかった。


焼酎に氷入れたら結晶がうその星みたいで綺麗。元彼と別れたトラウマで見れなくなってた映画みた。なんかもう色んな思いが、この一年半が、出てきて耐えられなかった。いい映画だ。敢えて言うけど、めちゃくちゃ泣いた。生き抜く。私は。生き抜く。

1/1-1/2

1/1

年が明けた。子供の頃はあんなにとんでもないことが起こっているような気がしてたのに、この歳になるとサッパリと全部が流れていく。日頃から24時を過ぎても起きているようになったからだろうか。


私たちが2018年に足を踏み入れた頃を思うと涙ぐましい。恋人と付き合ってからとにかくものを食べるようになったので確実に肉がついたんだけど、生活の証と考えるとそれすらも少しいとおしい。でも過剰に醜くなるのは嫌なのでちょっとは引き締めようと思う。今年は、よく笑ってよく泣ける人間になりたい。


1/2
仙台に帰る。地元はあんなに雪が降っていたのに少し外に出ると何事もなかったよう。母が四月からの同棲の話を許してくれた。炊飯器でも買ってあげるって。「たらちねの母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども」という短歌がありますけれど、故郷に帰るたび、ちょっとだけ思い出します。


仙台のフォーラムで「勝手にふるえてろ」みた。少なからず、自分がいた。膨らみすぎた自己愛と自意識過剰な自己嫌悪。「絶滅すべきでしょうか」にそれ全てが現れていると思う。"非モテ"というか、世界の枠にピッタリとはまれない人の話で、自分しか気にしていないことをあたかも世界の全てから評価された気になってしまう。それでもおいて枠にはまった人間、自分が神と認めたもの以外を心のどこかで見下している。全てにおいて自意識過剰。いい映画だと思ったし途中鳥肌もたったけど、もうしばらくみたくない。でも年の初めに見れてよかった。松岡茉優さん、こちら側の人がこちら側の人を演じてる印象で、裏切られない。 外側の人がどうにかして自分を役に結びつけたというより、そこにいた、という感じ。「勝手にふるえてろ」は、これに自己投影した全ての人に対しての言葉な気がするし、よく言ってくれたと思う。それに救われた人はいるでしょう。わたしを供養してくれた。


コンビニで1126円分酒のつまみ買って帰った。月がやたらと大きい。

12/31


人に苦しめられ人に救われた一年だった、どうやったって人と関わらなければ生きていけないのだなと思った。会社の人間はだいたい怖いしだいたい"適当な付き合い"というのが求められるのだが、やり過ぎたり、やらな過ぎたりで極端だと言われる。感覚が冴えたり鈍ったり落ち着きがない。今はちょっと落ち気味。体に肉がついたからかもしれない。お夕飯作っておいしいねとか一緒にゲームをしたりとかテレビ見てゲラゲラ笑うとか、そういう尊い普通に入ってきているけど、心のどっかで普通じゃないと思ってる自分もいる。どこかにいるわたしはもっと薄汚れていて、明日には死んでしまうような美しいものの話がしたいのだね。常に常じゃない快楽がほしいのだと思う。8月から一度も自分の部屋で眠っていない。眠りだけは安らか。それでも近いうちにこの人と結婚すると思う。


12歳の私が思い描いた24歳はこんなんではなかった気がする。違う土地の、仕事の内容も殆ど分からないような会社で働いていることもだし、知らないおじさんとデートしてお金をもらってしまったこともだし、結婚前提のとんでもなく優しい彼氏と暮らしていることもだし、25歳で死のうとしていないのもだし。無難に地元の街で暮らし、無難に公務員になり、家のために無難に適当な男性と結婚して、25歳くらいで死ぬんだろうなと思ってた。だから、私の記憶の中には常にあの頃の私がいる。あなたが今の私をみたら、こんな大人になりたくないって泣くんでしょうか。


自分の金でものを食い、誰にも縛られず、干渉されず、全部自分の選択で毎日をつくれることは、それだけで幸せで、表現ができるというのは素晴らしいことだ。お母さん、お父さん、私は今自由よ、なんちて。こんなに幸せなのに私のからだのどこかは、寂しさをとらえることをやめてくれない。今では何も呪ってないし、誰も悪くない、けど、やっぱり大概のことにおいては私が悪いのよという、その、腐った自己否定的肯定感からは逃れられんのだなあと思ったりします。




皆さま、一年お世話になりました
2018年もどうぞよろしく、

12/26



年も暮れるのに夏の歌を聴いた クレイジーサマー

煙草の煙はただただ空に昇っていって、よい。うちの彼氏様はヘビースモーカーですけれども、以前、酒の席で友人の奥さまが妊娠中だという理由で約3時間煙草を吸わなかったらしい。私はそういうヤケに真っ直ぐなところが物凄く好きなんだけど、ほんとうに、ひたすら、憧れているだけかもしれない。その透明さには、わたくしは一生かかっても及ばない、及ぶべきではない、そう思います。

konica big miniいただきました。最近また人気の、アラーキーが使っていたカメラですわよ。どんな写りになるか楽しみ、大切に大切に使おう。荒木経惟とその妻陽子さんと、私と恋人は微妙に(本当にビミョーに)共通点があり、男の方が女の6歳上だとか、社内恋愛からのスタートだとか、女側が入社2年目の頃に出会ったとか。それから私の彼の一番の親友が"ヨウコ"さんであることなど...。恐れ多くも彼らに理想の夫婦像をもっているので、こういう誰でも言えそうな、ささいなビミョーな共通点で嬉しくなっちゃうんですよ。

早く夫と呼びたい気もするし、まだこのままフラフラ遊んでいたい気もします。

12/19



「泣きたい気持ちはこの手にしまって」
「そこから始まる僕らは」


なんで私この瞬間を撮ったんだろう、って写真が撮れるのが、カラオケの写真の面白さでありまして、と、勝手に思っているのだが。好きな人が歌っているのと、自分が知らない曲の歌詞だけ切り取るのが好きです。






私にとっては酒もセックスも写真も同列なのだと思う。その衝動性と目の前の快楽しか愛せない。汚いとみなのたまうなか、ほんとうは美しいものしか。私にはなんにもない。なんにもない。何にもないんだ。なんだかよく分からない衝動を飼っていて、それを褒めちぎってせかせかご機嫌をとり、また、同時に、ひたすらにびくびく怯えているだけなんである。しょーもないです。たまにフッと消えたくなることがあります。持病みたいなもんだと思って、いますが、悲しいような気持ちをなぜ「悲しい」と言ってはいけないのか自分でもよく分かりません。

12/02

いつの間にやら12月。今年もあと少しで終わり。夕暮れの気配が優しい時、生きている心地味わう事ができるような気がする。さよならから一番遠い場所の話をした。


うちの彼は、赤ちゃん抱いている女の人や子供、色んな人に優しくできる人で、微妙にピュアなロマンチスト、弱い人の味方で、好きになって本当に良かったなと思う。スキンヘッドヤクザ顔で、煙草吸いながら麻雀やってるのめちゃくちゃ似合うけど。義理と人情捨てらんない人。